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2018年5月の2件の記事

サラリーマンの背広

1980年就職し配属先は顧客先に派遣となって、情報処理の仕事が始まる
当初はスーツで工場に通勤していたのだが、シャツ+ネクタイ+スラックスでも良かったため途中からは少し楽な恰好(金がかからない姿)での生活となる

1983年頃都内に戻どり自社/顧客先での仕事が続いたこともあって、背広(3ピーススーツ)での生活となり田舎先への派遣になるまでそんな恰好だった。

田舎先派遣でも暫くはスーツで過ごしていたのだが、工場という事もあって1回/週はカジュアルでの勤務可となる
その後制限が無くなりカジュアル可となって、今ではブルージーンズ+シャツの生活となる
(Tシャツとか穴あきGはダメで清潔感がある事らしい)
暖冷房を厳しくする代わりに、暑さ寒さに耐えられる格好にするとか。

そうなると靴も修理しながら履いていたリーガルは、靴センターの皮靴となり他はスニーカーのみ
中年太りで背広は殆ど全滅→廃棄/ネクタイは古臭い柄とか/ワイシャツは黄ばみがちで現在は1セットのみ使用可の状態です(黒服を除く)

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たばこ栽培と煙草・喫煙

Tbc農家で畑があったので、たばこ栽培をしていて藁ぶき屋根の下に藁ロープに刈った葉をぶら下げて乾燥をやっていた。
小学校時代10歳頃に親が藁ぶき屋根から、瓦屋根の家に新築としたのでたばこ栽培は止めてしまう

自家用車などまだなかなか無かった時代、庭にくい打ちし竹で囲む藁の壁を作り、中には冬場に山からさらってきた落ち葉を敷き詰め、堆肥と混ぜてたばこの苗床とする

主に祖母と母が畑仕事としてやっていたのだが、早朝の刈り取り運搬乾燥の割と重労働であることと天気に左右されるとか雹などが振ると葉に穴が開いて売り物にならなくなる
風て倒れて雨風を受けると葉が傷んでこれまた売り物にならなくなるとかで大変だったらしい。

そういう事もあったから煙草には縁があって、東京に出てから喫煙するようになる
セブンスターとかセブンスターライトなどが出てきたころだと思う。
始めは色々試してみたりパチンコの景品として取ったラークを吸っていたりもした。
国鉄の駅ホームの柱には灰皿があって、山手線線路には吸殻をポンポン捨てていた時代です(注)自分はやっていない

その後田舎に戻りパチンコなどはしなくなった頃からケントを吸い始める
会社でも自席に灰皿を置いて、隣に女性がいても気にせずスパスパみんな吸っていたな、吸わない人も全く煩くなかったし受動喫煙問題など無かった。

今は通称・ケント1ショートをコンビニ買いとしています、番号はコンビニによって違うため名称買いとしています。
止める必要も無いので値上げは辛いのですがもう暫く吸い続けるのではないかと思う。
健康うんぬんよりデスクワーク・システムエンジニアとしての仕事・ストレス解消緩和のためです。
灰皿のある場所でのみ喫煙としています。

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